こんにちは、やせうまおです。^^
先日、OABの金曜深夜に放送されているJOKER DXを見たのですが。
大分府内城の石垣について力説する謎の女性が、豊後遺産コーナーで登場していました。
あまり大分府内城や石垣について興味のある人は少ないと思うのですが、聞いてみるとなかなか興味深い話だったのでメモとして残しておきます。
※こちらに記載の情報は参考程度にお願いします
その謎の女性とは、木村真琴さんです。
最初は普通の素人さんかと思ったのですが、調べてみるとフードアナリスト・料理研究家さんでした。
この木村さんが趣味でお城の石垣限定で探求するのが好きなのだそうです。(石垣マニア)
木村さんいわく、
「石垣はお城のすべてを知っている」
らしいです。
「お城という字は、土をもって成す。だから石垣がないとお城が成り立たない」
というようなことを言っていました。
そして、大分府内城の石垣はすばらしいそうです。
木村さんくらいの石垣マニアになると石垣を見ただけで、だいたいの時代を推測できるそうな。
石垣の積み方が時代によって違うそうなのです。
で、大分府内城は木村さんいわく、関が原の合戦のちょっと前らしい。
そして石垣の積み方は、野面積みの乱積み(のづら積みのらん積み)らしいです。
野面積みとは、自然の石をそのまま積みあげた石垣のこと。
だから府内城の石垣の石は、どれも大きさがバラバラ。統一していません。
この積み方は一番強い石垣の積み方で、上からの加重で補強しているので崩れないのだそうです。
なんか僕としては、石の大きさがまちまちだと不安定に見えて崩れそうなイメージがあるけど、そうじゃないのですね。(ビックリ)
そして、府内城の石垣の石は、高崎山や鶴見岳が噴火した時の石を使っているそうな。
それらの石を角閃石安山岩(かくせんせきあんざんがん)というそうです。
別名:別府石
これは以前、JOKER DXの豊後遺産コーナーで取りあげた石だったので、野良レンジャーの首藤将太くんも驚いておりましたが、それを知っている将太くんに木村さんも驚いておりました。(お互いに)
で、府内城がある場所には、昔は周りに?海があったらしいです。
ちらっと番組で紹介されて正確なことは理解できなかったのですが、
・府内城がある場所はかつて北側(裏手)は海だった
・東側(市役所側)は大分川に面していた
ということでした。
で、府内への船荷を降ろす場所だったので『荷揚町』と呼ばれるようになったそうです。(なるほど)
府内城を築城したのは、大友宗麟ではなく、石田三成の妹さんのお婿さん(義弟)の福原直高。
(でも、完成させたのは別人の説あり)
明治時代は、県の庁舎としても機能したそうです。
とまぁ、ざっとこんな感じで紹介されていました。
僕は大分生まれ大分育ちですが、知らないことばかり。(゚o゚
日本100名城にも数えられる大分府内城。貴重な文化財。
勉強になりました。
これだけ詳しい木村真琴さんですが、
大分県民と思いきや、実は千葉県出身らしいです。
来週(11月18日金曜深夜0:20~)は、竹田市の岡城に移動しての豊後遺産です。
番組内では有名なミリタリーさんの名ゼリフ「岡城じゃねぇし」の岡城です。
なにやら石垣ファンからすると岡城は聖地だそうな。
木村さんも大分に着いて真っ先に向かったのが岡城!みたいなことを言っていました。(゚o゚
全国で一番好きなお城らしいです。
来週も木村さんがわかりやすく解説してくれるのはないでしょうか?
ちなみに来週の豊後遺産内で将太くんがどこかで「世界ふしぎ発見みたい」というコメントをするそうです。
先週の番組内で冨永アナがすでにコメント済みのコメントです。
一体どこでするのでしょうか?(笑)
岡城の解説と合わせて楽しみにしています。